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テニスに夢中 [長女中学生活]

 息子同様、娘も中学に入学すると同時にクラブ活動を始めました。ソフトテニス部です。本当は習っていた硬式テニスを続けたかったのですが、S中に硬式テニス部はありませんでした。高校総体でも活躍する硬式テニス部は、高校の特技コースとしてのみあるのでした。でもこのソフトテニス部に入ったことが娘の今後を変えたといっても言い過ぎではないと思います。

 コツコツと積み上げていく性格と、尊敬できる顧問のN先生に出会えたことで、娘は中学時代、ソフトテニスにのめりこんでいきました。朝6時半に家を出て、8時半に帰宅するそんな毎日でした。土曜日も日曜日も、夏休みもほとんどなく~。運動神経は悪くなかったようですが、器用ではない娘はテニスでもN先生の指導のもと、ただ黙々と練習を続けたようです。N先生に認められたいという思いが上達を早めたのかもしれません。小さい時から、結果でなく努力を認めてくれる先生が、娘は大好きでした。

 おかげで顔は真っ黒、身長もかなり高かったので、ジャージを着ていると男の子だか女の子だかわからないほどでした。通学の電車ではつい居眠りをしてしまい、寝過ごしたこともたびたびです。それもびっくりするほど遠くまで乗り過ごしていました。お弁当も2時間目が終わったころにはなくなっていたようです。お腹がすいてということもあったでしょうが、昼練をするために、お昼休みはあけておく必要があったのです。それほどテニスに熱中した中学時代ですが、このことが高校進学直前に大問題を引き起こすのです・・・。
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志望中学は? [長女中学受験]

 学年が上がるにつれて、男の子が台頭してきましたが、娘は何とかトップのクラスを維持できました。いよいよ入試、女子では男子校の灘中へは行けません(勿論能力的にも無理でしたが)。関西で有名大学への進学率が高かったのはK学院でした。塾の先生方も子供たちにK学院を勧めていて、娘もK学院を目指していたようです。でも私はもう一つ乗り気ではありませんでした。

 K学院は、環境もよく本当に素晴らしい学校と聞いています。でも我が家は普通のサラリーマン家庭。裕福な家庭のお譲さんが集まってくるK学院には制服はないと知っていました。娘は服装とかおしゃれにとても興味がありました。「今日は何を着ていったらいいのか」と周囲の目を気にする毎日は大変だろうと、そんな取り越し苦労を私が勝手にしていたのかもしれません。でも最終的に志望校を決めたのは娘でした。6年生の秋に初めて行った、塾の西宮教室のK学院特訓で、本人が「ここは自分の雰囲気と違う」と感じたらしく、第一志望校をS中学と決めました。S中は制服でしたので、服装に気を使う必要がまったくなく、ほっとしたのを覚えています。

 受験した中学は腕試しを含めて四つ。第一志望校の合格発表には夫が娘についていってくれました。息子と違って「できた」とか「できなかった」とか言わないタイプなので、連絡を待っている間も本当に不安でした。だから「お母さん、通った!」の声がどんなに嬉しかったことか。

塾への行き帰り [長女中学受験]

 息子と違って心配だったのが、塾への行き帰りでした。4年生にしては大柄だった娘は見方によっては中学生や高校生に間違われます。塾までは最寄の駅から二駅だったのですが、「絶対に電車で座っちゃダメよ」と言い聞かせました。スカートのことも多かったので、お行儀の悪い座り方が心配でした。始めの頃は勿論、塾まで付いて行って、また塾まで迎えに行ったのですが、いつまでもそうすることはできませんでした。一人のときは、駅から塾までも絶対に立ち止まらないようにとか、塾に着くと電話をするようにとか、いろいろな約束をしていました。

 塾の帰りは塾の先生か事務の方が駅まで送り届けてくれました。当然ですが、家の近くの駅までは必ず迎えに行きました。休みの時は夫が。

 過保護だとも思われるかもしれません。息子の時はそうでなかったことも、娘のときは心配で。下の子はいつまでたっても小さいという思いがあるせいか、一から十まで世話をやきたくなってしまいます。私の毎日は、娘の習い事の付き添いと送り迎えで終わっていたような気がします。そんな娘をなぜか地方の大学へやってしまったのか、今も時に複雑な心境になります。
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ミーハーな娘 [長女幼少のころ]

 前回、娘はとても根気強い努力家と書いたのですが、それはいわゆる真面目とはちょっと違います。たくさんの習い事からもわかるように、身体を動かすことが大好きでした。たぶん運動神経は息子よりよかったと思います。3歳位のころ「お魚」になりたいと言ったくらい泳ぐことが好きだったし、踊ることも歌うことも大好きなミーハー娘です。

 カラオケデビューも早かったです。私は歌うことが苦手なので、夫が近所のカラオケによく連れて行きました。娘も喜んで出かけました。元々子供好きの夫は、娘とのこのデートがとても気に入っていたようです。勿論家族4人で行くこともよくありました。ボーリングをしてカラオケ、あるいは食事をしてカラオケというコースは、今でも家族が揃うとよくあることです。

 こうして娘と父親の関係はすごく良好です。小学1、2年の頃は作文の練習もかねて、夜の遅い父親と交換日記をしていました。一番難しい年頃の中学時代、夫は単身赴任だったので、適当な距離をとりながら電話やメールをして過ごしました。そして大学生の今は夫の気持ちを察して、たびたびメールを送ってくれます。
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こつこつと努力家 [長女中学受験]

 私立中学を目指した娘ですが「私はお兄ちゃんと違ってアホやから」と本人も自覚するほど、息子とはちょっと、いいえかなり能力差があったようです。特に算数で顕著でした。息子なら一度ですっと飲み込める問題も、娘は「何でそうなるの?」と理解するまでに相当な時間を要しました。

 ただ、息子よりも優れていたのは根気強さでした。時間はかかっても分かるまで粘り強く問題に取り組む姿勢は息子以上でした。言い換えれば愚図なのもしれませんが、こっちが「もう(勉強を)止めなさい」と言うまでペンを置きませんでした。当然、予習、復習を欠かすことはありません。小さい時から毎日、本当に欠かすことなく毎日ピアノを弾き、柔軟体操を続けてきたことがこんなところで役に立ったように思います。

 ですから、入塾当初からトップのクラスをどうにか維持できました。ピアノやテニス、新体操、スイミングなど習い事も続けていたため、スケジュールはビッシリ詰まっていましたが、本人は苦にはならなかったようです。私が大変だったのは、塾の勉強に長く付き合わされたことと、習い事と塾の送り迎えでした。このことはいずれ触れたいと思います。
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迷った塾の選択 [長女中学受験]

 五つ違いの娘には、楽しい学生生活さえ送れれば何も望まない。夫の考えも同じで、国立大学へ行かせたいとか医学部へ入れたいという考えなどまったくありませんでした。そのかわりに本人の望む習い事は、小さい時から何でもさせました。幼稚園の時から、スイミングに新体操、テニス、習字にも通わせたし、ピアノもすごく楽しんで習っていました。ごくごく普通の女の子に育てていたつもりです。

 本人も「私は兄ちゃんのようにはならない。塾なんて絶対に行かない。」と言っていました。ところが、4年生の6月頃になって突然「私もお兄ちゃんみたいに塾へ行きたい。」と言い出したのです。どういう心境の変化があったのかよくわからなくて、少々驚きましたが、娘だけ塾へ行かせないわけにはいきません。問題はどの塾を選択するかでした。息子の通ったN学園は能力的に無理と思いました。そこで私は電車で二駅までにある四つの塾に絞り、足を運んで雰囲気を確かめました。

 結局決めたのはN研でした。決め手になったのは面接へ行ったときの先生の印象です。おっとりと包容力のある性格が娘にピッタリだと感じたのです。(今でも娘はこの先生に時々会いに行っています。)2学期からの入塾だったので、どのクラスに入れるかが問題でした。夏休み中、早めに夏期テキストをもらって、それを何度も繰り返し勉強して、夏の終わりのテストで、何とかトップのクラス(と言っても2つしかなかったのですが)に入れました。こうして娘の塾通いが始まったのですが、息子と違って、娘は今までの習い事も続けると言い張りました。
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娘も医学部に [長女大学受験]

 ずっと息子の話をしてきましたが、ここらで娘にも触れていきたいと思います。今、娘は地方都市にある国立大学の医学部へ通っています。夫は「遠くへやる気などなかったのに」と今もって悔やんでいますし、私も考えてもなかったことでなかなか子離れができないでいます。

 女の子を家から出すと、本当にお金がかかります。下宿するマンションを借りるにしても、少しでも安全なところ、きれいなところと思いますし、生活費の心配をさせては可哀想とか~。下の子だからついつい甘くなってしまいます。家庭教師はしているのですが、それは自分のほんのお小遣いにしかならないようです。いつまでも心配でメールのやりとりは毎日欠かしていませんが、娘の方からの電話は、一応申し訳なさそうに「教科書代が要るの」とか「合宿に行くの」とかということが多いようです。

 でも、きっと充実した日々なのでしょう。「帰りたいけど忙しくて~」と言ってなかなか帰ってきません。娘は「今が一番幸せ」というくらい現在の生活に満足しています。私達の反対を押し切って家を離れる選択をしたことも間違ってはいなかった、と思っているはずです。息子と比べてはるかに「頭がよくなかった」娘がなぜ医学部へ行けたのか、その点を綴っていきたいと思います。
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再び塾に [長男中学生活]

 中学時代、塾へ行かせなかったこともあり、灘中学での長男にはしっかりと自分の時間があったと思います。元来、遊び好きで運動好き、そして何にでも一生懸命になります。小さい頃にはビックリマンシールにはまりました。ドラゴンボールに及んでは、研修生になった今なおグッズを集めているほどです。バスケット部でもキャプテンを務め、弱いなりにもチームを強くしようと必死でした。そうそう一時はバンドを組んで、息子はドラムにも夢中になりました。中学校2年生から高校2年生くらいの間だったように思います。地元の小学校時代の友達と小さなライブハウスで演奏したり、灘の文化祭にも灘の友達と出演したりしていました。

 それなりに充実した中学生ライフだったでしょう。でも彼女とよべる女友達はいなかったようです。それを息子は男子校のせいだと思ったのか、塾に行ったらたくさんの出会いがあると友達から聞かされたようです。自分に都合のよい理由を並べて、渋っていた私を説き伏せ、高校1年生になってしばらくしたころ、再び塾へ行くことになりました。選んだのは梅田のT会、東京に本部がある塾ですが、関西でも有名校の生徒がたくさん集まってきていました。塾にいく動機は少々不純でしたが、T会は息子に、灘以外のまた新しい世界を教えてくれました。他校の友達も増え、物の考え方にも幅がでてきたと思います。勿論たくさんの女の子と知り合うこともできて、楽しい塾の生活が始まったようです。
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お弁当 [長男中学生活]

 灘校に給食はなかったので、中学生の頃は毎日お弁当を作りました。中身は本人の好きなものばかり。お弁当箱を開いて、嫌いなものがあったら気分が乗ってこないでしょ。と言うと、常識あるお母様たちからお叱りをうけそうですが、私自身バランスよりも好物を入れてほしいタイプだったし、息子はなぜか小さいときから練り製品が苦手でした。ハムとか竹輪、ウインナーも嫌いです。海老、烏賊、凧とかもダメでした。そのかわりお肉と野菜は好物でした。ですから、好きなものでお弁当の中身をいっぱいにするのは、実は大変だったのです。

 バスケットの朝練に行くため7時前には家を出ていましたが、朝食は必ず食べさせました。というより、朝からしっかり食べたがりました。帰ってくるのは午後7時~8時頃でした。夕食も無理やり嫌いなものを食べさせることはしませんでしたから、よく食べました。テレビが大好きでテレビを見ながらの食事でした。それからお風呂に入り、勉強を始めるのは10時近くなっていたように思います。

 とはいっても、試験がないと長い間机に向かう子ではありませんでした。言い換えれば、試験前は徹夜も厭いませんでした。学校まで遠かったので、少しでも寝ないとダメとよく叱っていました。記憶力はよかった方で、苦手な社会や国語は勉強するというより丸ごと覚えてしまうという感じでした。「試験が終わったら、すべて忘れるのがおれの特技」と本人も言うくらいその場しのぎの勉強でした。
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